注射剤~糖尿病治療薬の種類と作用~
GLP-1受容体作動薬
特徴
GLP-1(ジーエルピーワン)は、もともと私たちの体にあるホルモンで、血糖値を下げる働きがあります。
GLP-1受容体作動薬は、体の外からこのGLP-1を補うお薬です。現在の糖尿病治療では、HbA1cを7%未満※に下げることが目標とされていますが、例えば飲み薬で治療していても目標にとどかないときに、GLP-1受容体作動薬が助けてくれる可能性があります。
一方、GLP-1受容体作動薬は空腹時には働かず、食事をとって血糖値が高くなったときに働くため、低血糖を起こしにくいといわれています。ただし、SU薬やインスリンと一緒に使う場合は低血糖への注意が必要です。
また、血糖値を下げるお薬を使うと体重が増えることがありますが、GLP-1受容体作動薬は体重増加を来しにくいお薬です。
※HbA1c7%未満は、合併症予防のための目標値です。
低血糖などの副作用や、その他の理由で治療が難しいときは8%未満をめざします。
(日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2016-2017, 文光堂, 2016, p.27)
血糖を下げる仕組み
食事をして、消化管の中に食べ物が入ってくると、小腸からGLP-1が分泌され、その一部は、血液の中を流れてすい臓に運ばれます。
すい臓にたどりついたGLP-1はここで、「インスリンを出して!」と呼びかけます。この呼びかけに応じてすい臓からインスリンが分泌されると、血糖値が下がります。
この仕組みは上手くできていて、食事をしていないとき、つまり血糖値が高くないときにはGLP-1は分泌されず、インスリンも出てきません。

投与頻度の違い
GLP-1受容体作動薬には、1日1~2回注射する薬剤(3種類)と、週に1回注射する薬剤(2種類)があります。

毎日投与(1日1~2回)

週1回投与
投与方法
GLP-1受容体作動薬は、それぞれの薬剤専用の注入器(シリンジ、ペン型注入器、オートインジェクター)を使って、患者さん自身が投与します。
使い方は注入器によって違いますが、新しいタイプの注入器(オートインジェクター)は、注射に慣れていない方でも簡単な操作で正しく使えるように工夫されています。
注射器の種類
シリンジ
薬液を容器(バイアル)からシリンジに吸い上げて注射します。
ペン型注入器
ペンのような形をした注入器です。
ペンの中には薬液が充填されていますが、針は使うときにその都度、取り付けます。
投与量の調節をしてから使うタイプと、1回分の薬液が充填されているタイプがあります。
オートインジェクター
ボタンを押すだけで、あらかじめ充填されている1回分の薬液が自動的に注入されます。
針の取り付けが不要で、1回使い切りです。



GLP-1受容体作動薬が適している患者さん
GLP-1受容体作動薬による治療の対象となるのは、2型糖尿病の患者さんです。インスリン療法はインスリンを体の外から補う治療ですが、GLP-1受容体作動薬は自分のすい臓からインスリンを分泌させる治療なので、すい臓からのインスリン分泌が不足している1型糖尿病の患者さんには向いていません。なお、2型糖尿病の場合は、血糖を下げる薬を初めて使う糖尿病の初期段階の方から、複数の飲み薬で治療してもHb A1cが目標に届かない方まで、幅広い患者さんに使われています。

注意が必要なこと
胃腸の症状
GLP-1受容体作動薬は、使い始めに吐き気、下痢、便秘などの胃腸症状があらわれることがあります。
多くの場合、しばらくするとおさまりますが、症状が気になる場合は主治医に相談してください。
低血糖
GLP-1受容体作動薬は空腹時には働かず、食事をとって血糖値が高くなったときに働くため、低血糖を起こしにくいといわれています。
ただし、SU薬やインスリンと一緒に使う場合は低血糖への注意が必要です。
よくある質問
GLP-1受容体作動薬を使い始めたら、ずっと続けるのでしょうか?
2型糖尿病の治療では、血糖値が下がらないときだけでなく、血糖マネジメントがよくなったときにも、お薬を減らす、他の種類に変えるなど、治療を見直します。
例えば、GLP-1受容体作動薬のような注射薬から飲み薬に変えることもあります。
お薬についてわからないこと、気になることがあれば、先生に相談しましょう。
参考資料
- 日本糖尿病学会編・著. 糖尿病治療ガイド 2024, 文光堂, 2024
- 弘世貴久編. もう手放せない! GLP-1受容体作動薬, フジメディカル出版, 2013
- 鈴木吉彦. よくわかる最新医学 糖尿病 最新治療・最新薬, 主婦の友社, 2014
- 龍野一郎ほか. 注射糖尿病製剤 インスリン/GLP-1受容体作動薬, 南山堂, 2016
インスリン
特徴
インスリンは血糖を下げる働きのあるホルモンです。インスリンの作用が不足した状態になっているときに、インスリン注射で外部からインスリンを補うことによって血糖を下げます。
参考資料
- 日本糖尿病学会編・著. 糖尿病治療ガイド 2024, 文光堂, 2024
- 日本糖尿病学会編・著. 糖尿病専門医研修ガイドブック改訂第9版, 診断と治療社, 2023
血糖を下げる仕組み
インスリンは、すい臓のベータ細胞で作られるホルモンです。糖分を含む食べ物は消化酵素などでブドウ糖に分解され、小腸から血液中に吸収されます。食事によって血液中のブドウ糖が増えると、すい臓からインスリンが分泌され、その働きによりブドウ糖は筋肉などへ送り込まれ、エネルギーとして利用されます。
このようにインスリンには、血糖値を調整する働きがあります。
インスリン注射は、このインスリンを外部から補う治療法です。
インスリン治療が必要になるとき
1型糖尿病ではすい臓からインスリンがほとんど分泌されなくなるため、インスリン注射が必要です。
2型糖尿病では、筋肉や肝臓でインスリンが働きにくくなったり、インスリンの分泌が少なくなったときに、インスリンを注射によって補い、体内でのインスリンの働きを回復させます。
また、血糖が高い状態が続いたときに、すい臓が障害されてインスリン分泌が悪くなる「高血糖による毒性」という悪循環が生じているときにもインスリン注射を使います。こうすることで、すい臓の働きが回復して、インスリンを使わなくても血糖マネジメントできるようになることもあります。

インスリン療法の実際
すい臓からのインスリン分泌には、1日中ほぼ一定量が分泌される「基礎分泌」と食事などの血糖値の上昇に応じて分泌される「追加分泌」があります。
1型糖尿病では「基礎分泌」と「追加分泌」がともに障害されています。2型糖尿病では早期から、特に「追加分泌」が障害されており、さらに進行すると「基礎分泌」も障害される場合があります。
インスリン療法では「基礎分泌」と「追加分泌」からなる健康な人のインスリン分泌パターンを再現することを理想としており、「足らないインスリン量を、足らない時間帯に、的確に補充すべく」インスリンを注射する必要があります。患者さん一人ひとりの血糖とインスリン分泌の状態にあわせて、1種類あるいは2種類のインスリンを1日1~4回注射し、血糖マネジメントのよい状態をつくっていきます。


早期インスリン療法
インスリン療法は、健康な人と同じ理想的なインスリン分泌パターンを再現できる方法です。最近では高血糖毒性をとり除くために、早期からインスリン注射薬を使ったり、また、比較的軽症の糖尿病にもインスリン注射薬を用いる場合があります。このように、インスリン療法は糖尿病治療の最終手段ではありません。2型糖尿病の場合、一度インスリン療法を始めてしまうと一生続ける必要があるというのは誤解です。主治医にインスリン療法を勧められたら積極的に受け入れるようにしましょう。
注射の仕方
現在のインスリン療法では、ペン型の注入器を用いるのが主流で、注射針は細く短く、痛みも少なくなっています。注射する部位は、
①腹部(おなか)②上腕部の外側③臀部(おしり)④大腿部(ふともも)の外側などが適しています。主治医から指示された場所に注射するようにしましょう。いつも同じ場所に注射すると、皮膚がへこんだり、逆にふくれることがありますので、前回注射した場所より2~3cmくらいずらして注射するようにしましょう。

注意が必要なこと
【低血糖】
インスリン注射を行っているときは、低血糖に対して、とくに注意が必要ですが、低血糖が起きても適切に対処すれば回復します。低血糖を恐れて、自分の判断でインスリン注射の量を減らしたり、中止したりしないようにしましょう。
インスリン療法Q&A

初めてのインスリン療法
インスリン療法とは、糖尿病患者さんの体内で不足しているインスリンを注射によって補い、血糖をマネジメントする治療法です。こちらの冊子ではインスリン療法について体系的に正しい情報をご紹介しています。是非ご覧ください。
監修:
順天堂大学 名誉教授 河盛 隆盛 先生
- インスリン療法を始める前に
- インスリン療法の実際
- 日常生活でのインスリン療法について
- インスリン療法Q&A
- おわりに
ダウンロードページはこちら
インスリンの歴史

バンティングとベスト及び実験犬
インスリンは1921年にバンティングとベストによって発見されました。すい臓を全摘した犬、マージョリーに、すい臓からの抽出物を注射すると血糖値が2時間で50%下がることが確認されました。マージョリーはその後90日間、生存しました。

アイレチン
イーライリリー社はインスリン発見の翌年の1922年5月にインスリンの製剤化に成功しました。その後1923年に世界で初めてのインスリン製剤を発売しています。写真が当時の製剤で商品名はアイレチンです。

患者J.L.
当時、アイレチンで治療を受けていた1型糖尿病患者(インスリン依存型)のインスリン治療前とインスリン治療後。左の写真がインスリン治療開始日のものですが、糖代謝異常のためやせ細っています。当時の糖尿病は必ず死に至る病気と恐れられていました。右側がインスリン治療開始から2ヵ月後の写真です。当時インスリンはミラクル(奇蹟の薬)といわれる程重要な薬でした。

家畜のすい臓の山とインスリン原末のボトル
家畜のすい臓の山とインスリン原末のボトル

当日のリリーのアイレチンの広告

日本で初めて糖尿病治療の本の中に掲載されたインスリン広告。当時はシオノギ商店(現在のシオノギ製薬)が発売をしていました。広告中に100単位8円(現在の金額に換算すると約8万円)という記載があり、当時は大変高価な薬でした。

アイレチン発売当時の注射器
